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新型コロナ感染症について

2022年5月15日

1.コロナウイルスについて

 コロナウイルスにはいくつかの種類があり、多くはいわゆる通常の感冒様症状を引き起こす原因ウイルスとして知られてきました。一方で、重症の感染症を引き起こすコロナウイルスの例としては、これまでに2002年に中国広東省で見られた重症急性呼吸器症候群(SARS)や、2012年に中東で発症した中東呼吸器症候群(MERS)が挙げられます。そして、2019年以降現在まで世界中で感染が広がっている今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と呼ばれています。
新型コロナウイルスはRNAと呼ばれる遺伝物質をタンパク質の殻で覆った構造をしており、タンパク質の殻の表面にスパイクタンパク質と呼ばれる、感染に重要な役割を持つタンパク質を持っています。ヒトの細胞に感染するために、新型コロナウイルスはウイルス表面のスパイクタンパクをヒト細胞のタンパク質に接着させることで、ヒト細胞内へ侵入して感染を引き起こします。そのため現在開発されているワクチンの多くがこのスパイクタンパクを標的としたもので、ワクチンを接種したヒトではこのスパイクタンパクに結合する抗体を産生することで、新型コロナウイルスの感染能力を低下させて新型コロナウイルスによる感染や重症化の抑制が可能になります。
一方でウイルスもなんとか生き延びようとして、ワクチンの接種によりヒトの免疫が作り出した抗体が存在する中でも、ヒトの細胞に感染して増殖をしようとします。その方法の一つが感染に重要な役割を果たすスパイクタンパクの形を変えることであり、その形を変えることで、ヒトの免疫の作り出した抗体が結合できなくなり、再びウイルスがヒトの細胞に感染して増殖することができるようになります。スパイクタンパク質の形を変えるために、新型コロナウイルスはスパイクタンパク質を作る設計図(遺伝子)に変異を起こして、設計図を書き換えることをします。そのため新型コロナウイルスは主にスパイクタンパク質の設計図の部分に様々な変異を起こします。その変異の種類により、アルファ株、ベータ株、ガンマ株、ラムダ株、デルタ株、ミュー株、オミクロン株などとWHOにより名前が付けられています。

2.感染経路と防護について

 新型コロナウイルスは基本的には飛沫感染であり、せき・くしゃみ・会話などの際に、ウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルを吸入することで感染すると考えられています。エアロゾルは、飛沫よりさらに小さな水分を含んだ状態の粒子のことですが、エアロゾルはその小ささから長時間空気中を漂うことができ、特に屋内で換気の悪い場所では長時間空気中に漂っており、感染者から離れた場所においてもそのエアロゾルを吸入することで感染の可能性があることが挙げられます。また新型コロナウイルスはプラスチックの表面で最大72時間、ボール紙の表面で最大24時間生存しているとされており、ドアのノブなど感染したヒトが触った場所に新型コロナウイルスが付着しており、そこを触ることで触ったヒトの手にウイルスが付着して、その手を無意識のうちに鼻や口の回りに持って行くことで、それらの粘膜から感染を来す経路も考えられます。そのため、飛沫やエアロゾルをまき散らさない、または飛沫やエアロゾルを吸入しないようにするためのマスクの着用や、目の粘膜を飛沫やエアロゾルから保護するためのゴーグルの使用、環境表面(アルコールなどでの清掃)や手指衛生(アルコール消毒や手洗い)が重要です。

3.症状について

 当初は新型コロナウイルスに曝露してから症状が明らかになる(発症)までの潜伏期は約5日程度であり、最長14日程度でした。しかし最近主流となっているオミクロン株では潜伏期が短くなっており、概ね潜伏期は2~3日程度であり、ほとんどが10日までに発症すると考えられています。
 発症した際の症状としては、発熱、咳・呼吸困難などの呼吸器症状、全身のだるさ、頭痛、胃腸症状、鼻水、味覚異常、嗅覚異常などが多く報告されていました。つまり普通のかぜやインフルエンザと比較して、鼻水や鼻づまりは少なく、嗅覚や味覚の異常が多いことが新型コロナウイルス感染症の特徴とされていましたが、オミクロン株になり鼻水や頭痛、怠さや喉の痛みといった、よりかぜに近い症状が多く見られるようになり、一方で嗅覚や味覚異常が見られる頻度は減少していることが報告されています。その原因としては、新型コロナウイルスは喉回りの上気道でも、肺の中である下気道でも増殖することが知られていますが、オミクロン株ではより喉回りの上気道で増殖しやすいといわれており、そのためにより喉の痛みなどかぜ様症状の頻度が高くでると報告されています。このことは、症状の違いだけではなく、より口に近い上気道でのウイルスの増殖は、飛沫やエアロゾルへのウイルス量の増加を認めるために、より感染させる力が強くなる一方で、下気道でのウイルスの増殖が多くないことから肺炎の頻度が減少し、重症化が少なくなっている要因と考えられます。
 その他に新型コロナウイルス感染症では、その他のウイルス感染症と比較して血栓症の合併症の頻度が高いことが報告されています。特に深部静脈血栓症と呼ばれる下肢の静脈に血栓が生じ、時にはその血栓が剥がれて心臓を経由して肺の動脈に飛んでいき、詰まることで肺血栓塞栓症と呼ばれる病気を引き起こし、これにより呼吸が苦しくなることが報告されています。そのため重症度や症状に応じて抗凝固薬とよばれる、血栓を予防および治療する薬剤が使用されることがありますが、抗凝固薬はその作用からどうしても出血のリスクが上がるため、投与する抗凝固薬の量や期間などしっかりとした検討が必要です。主に軽症から中等症Ⅰと呼ばれる酸素投与の必要ない状態の方でも血栓症を起こすことはあるため、その予防は重要です。深部静脈血栓症はいわゆるエコノミークラス症候群のことですので、同じ姿勢(特に座っている姿勢や寝ている状態)で長期間いることが静脈血栓症を引き起こす原因となりますので、少しでもそのリスクを下げるために、定期的に姿勢を変えることや、軽い運動をすることなどが推奨されています。もちろんコロナウイルス感染症のために発熱や倦怠感など運動をすることが難しい状態のこともありますので、個々の症状と相談して、転倒にも気を付けながら行う必要があります。
 新型コロナウイルス感染症の一般的な経過としては、軽症であれば概ね発症から1週間程度で治癒に向かいますが、一部の方では肺炎や上述の肺血栓塞栓症などを合併し、急激な呼吸状態の増悪をきたし、時に命を失うこともあります。

4.重症化のリスク因子について

 新型コロナウイルス感染症においては、多くの研究によって重症化しやすい特徴が分かっています。その因子には様々な報告がありますが、代表的なものとしては、65歳以上の高齢者、肥満(BMI30以上)、高血圧、糖尿病、脂質代謝異常、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、悪性腫瘍がある方、臓器移植後の免疫不全、喫煙、妊娠後半期などがあげられます。

5.診断について

 新型コロナウイルス感染症の診断は感染が疑われる症状があり、検査により新型コロナウイルスが検出さることで診断されます。症状がない方で新型コロナウイルスが検出された方は無症状性病原体保菌者とよび、また強く症状や周囲の状況から新型コロナウイルス感染症が疑われるが、新型コロナウイルスの検出がされていない状態を疑似症とよびます。
新型コロナウイルスの検出方法には遺伝子配列を検出する核酸検出検査(PCR法やLAMP法など)や、ウイルスのタンパク質を検出する抗原検査が主に用いられています。一般的に核酸検出検査は、感度は高いものの(見逃しが少ない)、抗原検査と比較して結果が出るまでに時間を要すること、検査費用が高価であることが挙げられます。一方抗体定性検査は迅速で安価であることがメリットですが、感度が高くない(見逃しがある)ことが弱点としてあげられます。最近では抗原定量検査が普及しつつあり、この検査は核酸検出検査に近い感度があり、且つ検査にかかる時間も短いとメリットの大きい検査方法です。いずれにしてもどの検査も重要であり、状況に応じて使い分けることが大切です。

6.治療について

 現在病状に応じて日本では重症度は4段階に分類されています(軽症、中等症Ⅰ、中等症Ⅱ、重症)。この分類は酸素飽和度や肺炎の有無などで定義されています。
主に自宅療養の対象となるのは軽症の方ですが、医療機関の逼迫状況に応じて最近では中等症Ⅰの方においても自宅や施設療養となることもあります。
 最近はいくつかの内服薬および点滴薬の投与が使用可能となっています。内服の抗ウイルス薬としてはラゲブリオ(モルヌピラビル)やパキロビッド(ニルマトレルビルとリトナビルの合剤)が使用可能であり、点滴の抗ウイルス薬としてはベクルリー(レムデシビル)
が使用可能です。その他には中和抗体薬とよばれる、前述の新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染するのに重要なスパイクタンパクに対して結合して、ヒト細胞への感染を抑制する抗体の点滴薬があります。2種類が現在日本で使用可能であり、ロナプリーブ(カシリビマブ+イムデビマブ)とゼビュディ(ソトロビマブ)と呼ばれます。ロナプリーブに関してはオミクロン株への有効性が乏しいことが報告されており、オミクロン株が疑われる状況では投与が推奨されていません。そのため現在中和抗体薬を使用する際にはゼビュディが優先して使用されています。そのほかにも中等症Ⅱ以上の病状の重い方では、新型コロナウイルス感染によって引き起こされた自己の免疫の過剰な反応が悪影響を与えているため、抗ウイルス薬と共に、ステロイドなどの免疫抑制薬が使用されます。そのほかにも血栓症を認める際や血栓症が疑われる場合や、状況に応じてはその予防のために抗凝固薬(ヘパリンなど)が使用されます。
 薬剤以外の治療としては、酸素投与が主に用いられ、重症の呼吸不全では人工呼吸管理やECMOと呼ばれる人工心肺装置が用いられることもあります。

7.ワクチンについて

 現在使用可能な新型コロナウイルスワクチンの多くが、スパイクタンパクに対して結合する抗体がワクチンを接種したヒト自身の免疫によって産生できるようにすることを目的として投与されます。スパイクタンパクは新型コロナウイルスがヒト細胞に侵入するために必要なタンパク質であり、そこに抗体が結合することでスパイクタンパクとヒトの細胞が接着できなくなり、結果的に新型コロナウイルスがヒト細胞に侵入できなくなります。現在日本で主に使用されている新型コロナウイルスワクチンであるファイザー/ビオンテック社製、およびモデルナ/武田社製のいずれもmRNAワクチンと呼ばれるもので、特殊な脂質にくるまれたmRNAをワクチンとして筋肉注射で接種します。mRNAとはDNAと呼ばれる体を作る設計図からタンパク質を作成するときに必要な物質であり、DNAからつくられる物質です。上述のファイザー/ビオンテック社製、およびモデルナ/武田社製ワクチン共に含まれているmRNAは新型コロナウイルスのスパイクタンパクの一部をつくる設計図となります。そのため、ヒトの体内に投与された脂質にくるまれたmRNAは、その特殊な脂質のおかげで壊れることなくヒトの細胞内に取り込まれ、mRNAを元に新型コロナウイルスのスパイクタンパクの一部をヒトの細胞が作成します。するとヒトの体内のリンパ球などの免疫担当細胞は、このヒト細胞によって作成されたスパイクタンパクの一部を異物と認識して免疫反応が起こり、スパイクタンパクに結合する抗体を産生します。これにより新型コロナウイルスに感染することなくスパイクタンパクに結合する抗体を産生することができ、感染予防効果や重症化予防効果がもたらされます。一方で、もともとmRNAはDNA(設計図)からつくられた一時的な遺伝情報物質であるため、非常に不安定な物質であり数分から遅くとも数日以内に分解されることが示されています。そのためワクチンは1度接種すると生涯有効ということではなく、時間と共にその効果は減少します。つまり抗体の産生能力は概ね6ヶ月程度でかなり減少して、感染予防や重症化に有効なレベルの抗体の量が維持できなくなります。そのため最近では3回目の追加接種が行われています。
今後4回目以降のワクチン接種についても少しずつ世界からデータが出てきており、アメリカでは65歳以上の高齢者や、50歳以上で重症化リスクのある方に対して4回目の接種が推奨されています。今後日本でも議論が行われ、どのような方に4回目の接種が推奨されるか注視していく必要があります。
そのほかアストラゼネカやジョンソンアンドジョンソンの作成する新型コロナウイルスワクチンはウイルスベクターワクチンとよばれ、ヒトに無害となるように作成したウイルスの中に新型コロナウイルスのスパイクタンパクの一部を作成するようにつくられたDNAを組み込んだワクチンです。これらのワクチンは接種によりヒトの細胞内にスパイクタンパクの設計図であるDNAをもった無害なウイルスが感染することで、そのDNAをヒト細胞に取り込ませ、それを取り込んだヒトの細胞がスパイクタンパクの一部を作成して、それに対して免疫細胞が反応して抗体が作成されるというものです。
 ワクチンの有効性はワクチンの種類によって多少の差はありますが、特にmRNAワクチンについては高い有効性が示されています。最近の流行の主な原因となっているオミクロン株に対しても、従来型の新型コロナウイルスと比較して、感染抑制効果や重症化抑制効果は劣るものの、それでも未接種の状態に比べると、しっかりとした感染抑制効果や重症化抑制効果があることが示されています。
 有害事象に関してはワクチン接種に伴うものが多数報告されています。接種後の腕の痛み、発熱や倦怠感などが頻度の高い有害事象です。特に発熱や倦怠感は1回目よりも、2回目以降のワクチン接種で頻度が増えることが報告されています。発熱に対しては市販薬を含めた解熱・鎮痛剤の使用で通常は対応可能です。また、武田/モデルナ社製ワクチンでは、接種後1週間程度たってから接種部位の近くに赤み、腫脹、熱感、痛みを生じることが報告されており、遅発性のアレルギー反応と考えられています(モデルナアームと呼ばれています)。これは若年の女性で頻度が高いことが知られており、対応としては冷却・抗アレルギー薬の内服・炎症を抑えるためのステロイドの塗り薬・痛みに対して市販薬を含む通常の解熱・鎮痛剤が有効です。経過としては数日で改善すると言われており、またいったんモデルナアームを経験した方でも、その後の新型コロナウイルスワクチン接種ではモデルナアームを発症しないことがほとんどであり、モデルナアーム経験後の追加接種についても問題なく接種可能であると考えられています。その他に頻度は非常に低いですが、ワクチン接種後に心筋炎の報告があります。こちらは10代、20代の若年男性で比較的多く報告されており、ワクチンの種類としては武田/モデルナ社製で多く報告されています。しかしながら、ワクチン接種後の心筋炎は多くが軽症であり、また新型コロナウイルス感染症による心筋炎も報告されており、こちらはワクチン接種後の心筋炎よりも頻度が高いことが知られていますので、ワクチン接種後の心筋炎がワクチン接種を否定する根拠にはなり得ないと言われています。
現在のところ新型コロナウイルス感染症にかかるリスクや重症化するリスクを、一人一人の合併症や年齢などの背景から考えて、ワクチン接種で起こりうる副作用と考え合わせて、納得して接種を行うことが大切と考えます。